観劇記録であるとか

タイトルの通り。

『帰ってきた冒険者たち 〜闇に落ちたカナガワを救え!〜』

会場:KAAT中スタジオ
作︰長塚圭史
演出:大澤遊
上演時間:1時間45分

 

 

とてもネタバレします。性質的にネタバレを気にするような作品ではないと思いますが、一応。

 

横浜はみなとみらいにあるKAAT神奈川芸術劇場を飛び出し、県内各地の劇場を回るKAATカナガワ・ツアー・プロジェクトの第3弾。
本作は第1弾『冒険者たち ~JOURNEY TO THE WEST~』の続編。前作で神奈川県内を旅した三蔵法師一行が、闇落ちしたらしいカナガワを救うべく奔走する。

私は神奈川県民で、東京の劇場には1時間半以上、KAATに行くにも1時間くらいかかるような場所に住んでいる。だから本プロジェクトの存在はとても嬉しく、ありがたい。しかもそれに好きな役者(成河)が関わってくれるのはもうほんと、小躍りするくらいに嬉しい。
隔年でやってくれるというので「今年はツアー・プロジェクトがある!」とラインナップが出る前からワクワク。インタビューも色々読んだ。今回はいかにも「2」らしく、前作の準主役が悪役を担う流れ。日本を含め世界各地でも大きなトピックになっている「分断」をテーマにするらしい。具体に何を取り扱うのだろう……。
そんな気持ちで着席し、開演。しばらくすると客席の奥からどこかで聞いたような口笛が聴こえてくる。きっとカナガワだ! 振り向くと「えっ! 独立?」のパンフを手元に持ったカナガワが階段に……。

 

え!!!???

特別市構想!!!!????!!

 

ニッチすぎるだろ!!!!!

 

 

特別市構想。
どれくらいの人が知っているか分からない。少なくとも政令市外に暮らす私は、このトピックで周囲と盛り上がったことがほとんどない。唯一あるのは、この「えっ! 独立?」パンフが世に出た時だ。
このパンフレット、見たことがあるだろうか。まず目に入ってくるのが「えっ! 独立?」と大きく書かれた文字。その下には神奈川県の地図が描かれており、3政令市がそこから飛び出そうとしている。パンフレット下部には県からのメッセージが。「神奈川県は分断ではなく連携・協調を進めていきます」。
印象に残るパンフレットではある。黒岩県知事自ら表現やデザインにこだわって仕上げたらしい。でも良いとは思わない。目を引くように単純化したり大げさな演出をしたり。そういう発信の仕方が分断を生み出す一因になっていると考えているので、文とデザインが矛盾しているようにみえる。危機を煽って何が協調だ。

 

……、さて舞台の話に戻る。
どうやらカナガワは、横浜・川崎・相模原の3政令指定都市が、特別市の法制化を目指していることに不満を抱いているらしい。カナガワの一部が神奈川県の行政区域から離れようとしているのだから、それはまぁ不満だろう。「神奈川県がまた一つにまとまるには……」。そう考えたカナガワは、県内を光熱で照らす「ニュー国分寺七重塔」を建て、県民を権威と力で一つにしようと試みる……。

 

基本的には楽しく観た。全体主義とか権威主義とかに触れつつも、ゆるい作風で気軽に観れる。県内各地の細かいネタが出てくるのも嬉しい。

ただ引っかかるのが、特別市構想の扱いだ。あまりに雑すぎる。特別市構想はちゃんと議論すべき内容であるものの、現時点では県内でも大して盛り上がっておらず、論点だってあまり整理されていない。政令市外の住民としては県の財政面や公共サービスの減少が不安だが、人口減少著しいなか今とは異なる行政のあり方を検討するのは大事だとも思う。とにかく「3政令市が県の他市町村を切り捨てようとしている!」みたいな話ではない。
カナガワが特別市構想を雑に理解しているから、あぁいう方面に闇落ちするんだろうと思うし、まぁそれは物語として理解はできる。だからって劇中でまともな論点が提示されるわけでもない。カナガワは3政令市が僕を見てくれないと言い、三蔵法師一行はカナガワの悪行への異議を唱えるのに終始している。

「分断」を描くにあたって、外国人との共生とか世代間ギャップとか貧富の差とかテーマは色々あるけど、それらは"軽演劇"の本作には合わないのかもしれない。その点、特定の人への差別とも関わらない特別市構想は、取り上げやすかったと想像する。
でも神奈川県民にとって大事なこの話を、「分断」を扱うための材料として取り扱って欲しくはなかった。たとえ神奈川県がそういうパンフレットを発行していたとしても。扇情的に扱えるほど、まだ議論は成熟していない。何か別のファンタジーな、現実に起こり得ない設定を生み出せなかったのか。
もし扱うとしても、過激な言葉を使うこと、そしてそれを真に受けることへの警鐘としてだろうが、とくにそんな展開はなかった。対話すらまともに行われない。

また、前作では多様な県の人々が登場したのに対し、今回出てくるのは三蔵法師一行の邪魔をする存在ばかりだったのも残念だった。最後、ニュー国分寺を倒すのにダム関連の県職員数名が出てくるが、別に政令市と政令市外の人が手を取り合う流れでもない。神仏習合のなんとなくな寛容さはメデタイが、特別市の問題解決に寄与しないだろう。

 

 

というかんじで、楽しみきれない作劇だった。
役者は良かった。柄本時生は前作にあったカタさが抜け、兼役も含めキュートに演じていた。佐々木春香はかなり上手くなっていて驚いた。
また角銅真実による音楽は変わらないステキさであった。

ただ、それを上回る違和感。良い作品なら周囲の人にも勧めたかったが、ちょっとしないかな……。

 

 

長くなってしまったが、もう少し。県民として、なんとなく悪者にされた3政令市の話をしておく。

横浜市は言わずと知れた国際都市。小さな村が開港によって日本の玄関口となり、多くの人を迎え入れてきた。KAATのすぐ近くにあり、半券サービスなんかも行っている横浜中華街は、その象徴とも言えるだろう。
川崎市は「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」、いわゆるヘイトスピーチ禁止条例を定めている。刑事罰付きの条例は全国初だ。在日コリアンが川崎に多く集まり、ともに暮らしてきた歴史がある。
相模原市は、津久井やまゆり園の事件への反省から、障がい者差別をはじめとした様々な差別の解消へ向けて条例を制定した。ただし答申を反映しない条例となり、審議会メンバーからも批判が。差別解消への道のりは容易ではない。

神奈川県も、やはり津久井やまゆり園の事件を受けて障がい者への差別解消に力を入れている。「ともに生きる社会神奈川憲章」は事件発生から3ヶ月経たずに策定されたもの。県の広報紙を読んでいる人なら、金澤翔子さんの書いた「ともに生きる」の文字を見たことがあるだろう。
(先のパンフレットを作った)黒岩知事は、障がい者差別解消としての「ともに生きる」はもちろんのこと、外国人も含めてともに生きる姿勢をわりとはっきり示している。先の参院選では、一部候補者による排外主義的な主張を批判しており、差別的な言動が吹き荒れるなかで安心できるニュースだった。

まぁ、なんで、神奈川県も頑張っております、ということです。私もできる範囲で努めます。

 

ビナウォーク(ショッピングモール)に囲まれて立つ七重塔を初めて見たときの衝撃と、国分寺跡の何もなさは忘れないでしょう。普通に面白スポットなので、ちゃんといじってほしかったな、なんて。国分寺跡とかそれこそ、想像力を膨らませるのにちょうど良いのに。

観劇まとめ(2025年)

えー、2025年上半期で記事あげようとか思っていたら結局逃してしまいました。しかも2月突入。やる気があるのか、お前は。

とりあえず、2025年に見た演目のリストから始めます。

 

1月
『ドードーが落下する』@ KAAT大スタジオ

2月
『花と龍』@ KAATホール
『愛と正義』@ KAAT大スタジオ

3月
『靴履く俳優2025』@すみだパークギャラリーささや
『イリュージョニスト』@日生劇場

4月
『おどる夫婦』@THEATER MILANO-Za
『〈不可能〉の限りで』@静岡芸術劇場

5月
『ラクリマ、涙』@静岡芸術劇場
『Take Me Out』@有楽町よみうりホール
『星の降る時』@PARCO劇場

6月
『不思議の国のアリス』@新国立劇場オペラパレス
『W3』@THEATER MILANO-Za

7月
『鏡の中の鏡』@ KAAT大スタジオ
『わたしたちをつなぐたび』@ KAAT大スタジオ
『PLAY』@新国立劇場オペラパレス

8月
『帰還の虹』@座・高円寺1
『ほぐすとからむ』@彩の国さいたま芸術劇場小ホール
『八月納涼歌舞伎』第三部 @歌舞伎座

10月
『ヨナ』@東京芸術劇場シアターウエスト
『誠實浴池』@東京芸術劇場プレイハウス
『ダンス審査員のダンス』@東京芸術劇場シアターイースト
『チ。 -地球の運動について-』@新国立劇場中劇場

11月
『我ら宇宙の塵』@新宿シアタートップス
『狩場の悲劇』@紀伊國屋サザンシアター
『Ballet Shoues』@National Theatre
『Operation Mincemeat』@Fortune Theatre
『SIX』@Vandeville Theatre

12月
『南京プロジェクトvol.6』@STスポット
『だくだくと』@STスポット
『Which Witch』『MAMA』@長者スタジオ
『ギア』@ギア専用劇場

 

ということで、今年は31演目観ました。
ここ数年誕生日(9月)前後に「誕生日観劇♪」なんて浮かれて観劇を入れていたのですが、結局何も見ず。「こんなにも演劇に興味を失ったか」と思ったけど、10月の秋の隕石、11月のロンドン旅行、12月のYPAMで数が増えました。でも『最後のドン・キホーテ』、観ておけばよかったな……。

年間ベストは『ラクリマ、涙』。感情的すぎないクールな演出だけど切実。最も惹き込まれた作品だった。
『Operation Mincemeat』も良かったけど、英語の台詞を正しいニュアンスで聞き取れているか自信がないのであまり深いことが言えない。とはいえ演劇の面白さがつまった作品なので、ロンドンに行く人がいたら全員に勧めたいくらいには好きだった。
日本の作品だと、翻訳ものになるが『星の降る時』や『狩場の悲劇』が良くできていた。『鏡の中の鏡』は子どもをなめないキッズ・プロジェクトで好感。台湾との共作だが『誠實浴池』も好きだった。
国内の作品でとびっきりこれ!というものが見つからなかったのが残念。自分の作品選びの問題かもしれないし、コロナ禍の切実さから少し抜け出して作品が少しゆるんだのもあるかもしれない。

 

個別で記事あげなかったものを以下記述。そもそも記事をあまりあげなかったので、大ボリュームです。全部読む人がいたら感謝感激。遠隔ハグを送ります。

『ドードーが落下する』@ KAAT大スタジオ
下劣な欲望がゆえに良い人ヅラしたり、未練を隠すように大仰な振る舞いをしたり。そういった日常の、人間の気持ち悪い部分の表現が巧み。一方、ラスト2人のシーンは(現実でなかったとしても)あたたかい友情が見えて思わず泣きそうになった。平原テツはじめ、役者も皆上手かった。
しかし後列での観劇で、舞台上に設置された壁の圧迫感もなかったためか、全体にわりとさらっと見てしまった。

『愛と正義』@ KAAT大スタジオ
高クオリティな学生演劇みたいなかんじ。役者はそこそこ上手いし(中でも一色洋平は一つ抜きん出ていた)、可動式の大道具を使って高低差ある動きを作っているのも良いのだが、色々と粗い。最後、春一番とデカデカ書かれたデコトラみたいなのが出てきたのは楽しかったが、本作の雑な点の一つでもある。

『靴履く俳優2025』@すみだパークギャラリーささや
映画美学校アクターズ・コースの修了展。岡田利規の『女優の魂』というひとり芝居を7人がリレーする第一部、『かよこ×かよこ』という登場人物7人の芝居を上演する第二部の2部制。
『女優の魂』は面白かったが、そこまで上手くない俳優が女優論を語っているのは見ていてキツかった。課題戯曲として適切なのだけれど。第二部は主役の男性の佇まいのみ良かった。

『〈不可能〉の限りで』@静岡芸術劇場
寝不足気味で挑んだのは良くなかった。寝てしまった。最初に挨拶があり、その後一人一人エピソードを語っていくのだが、冒頭挨拶が最も身近かつ現地の悲惨さを想像させる語りだったように思う。
エピソードの中では、一時的な停戦の話が印象に残った。少年の救出のためしばしの停戦に協力するのに、その後すぐ殺し合いを始める虚しさ。
社会問題を扱う作品を観るたび、頭の中で「観て満足してんじゃねーよ、お前は現実の問題をちゃんと見ろよ」と問いかけられる。答えられずにいる。

『Take Me Out』@有楽町よみうりホール
レジェンドチームを観たが、セリフや発声があまり好みでなかった。翻訳演劇すぎるというか。
全体に展開が雑。登場人物たちが善人でないのはいいのだけど、性暴力をふるった登場人物が、その後特に責められないままハッピーエンドになって終わるのはどうかと思う。また日本人選手の描写も、日本だから原爆に触れとくか、みたいな雑さを感じた。
役者は、玉置玲央がさすがの上手さ。章平、原嘉孝も良かった。2階後列で観たが、演劇用ホールでないからか客席が全然暗くならないのも集中を削いだ。

『星の降る時』@PARCO劇場
良質な演劇を観た、という感じ。翻訳も役者の演技も自然で良かった。物語の後半はがむしゃらにやっているのだが、あくまで役としてのそれで、翻訳演劇にありがちなわざとらしさがなく素晴らしい。大きくクレジットはされていなかったが、子ども役の2人も上手かった。
ドラマという意味ではあまりにもイギリスの家族の話すぎて入り込めず。ただそれを宇宙の1つのちっぽけな出来事として描く作品だったので、入り込めなくても楽しめた。舞台上に晒される激しい感情やこじれた人間関係を、遠くから眺めてなんとなく癒される時間だった。

『不思議の国のアリス』@新国立劇場オペラパレス
2度目の鑑賞。1階前方から。前回と比べ、段取りを追っている印象が強く、あまり楽しめなかった。
それにしても、ハートの女王による「タルト・アダージョ」は秀逸。

『W3』@THEATER MILANO-Za
色々突っ込みどころはあるが、概ねエンタメ作品として楽しく観た。ただし、ハム・エッグのくだりは中途半端かつ唐突なのでいらないと思う。やりたいことは分からなくもないが……。
主演も含め、オールアンサンブルでやる取り組みが非常に良かった。というか物語以上にそこが一番ぐっと来た。アイドル主演の舞台でこれをやったこと、そしてこれをやると決めた主演(井上瑞稀)とそのマネジメント側も素晴らしい。

『鏡の中の鏡』@ KAAT大スタジオ
KAATとSPACでそれぞれ子ども向けの作品を創作し、2作品を上演する企画。こちらはSPACの方。
原作は、ミヒャエル・エンデの連作短編集。子どもの方を向いてはいるけど子ども扱いはしない、良い舞台。途中、脈絡がなさすぎて滑っているようなシーンがいくつかあったのは残念だったが。4人の俳優の巧みな演技と、多彩にかたちを変える舞台装置でもって、深く広がる世界を作っていた。照明もシンプルに格好良く魅せていて良かった。

『わたしたちをつなぐたび』@ KAAT大スタジオ
KAAT制作のキッズ・プログラム。王道の物語。家族愛が前面に出過ぎていたのはいまいち。
役者は現在中学生の主役が一番上手く、大人がやたら自信なさげにしていた。ミュージカル俳優ではないから歌が不安なのだろうが、出せるなら最初からきちんと声を出してほしい。
作品の話ではないが、イヤーマフや、気持ちを落ち着かせるためのぬいぐるみ(フィジェット・トイ?)を無償で貸し出していた。よい取り組み。ただ人気すぎて、もらい損ねた子どもが不満げにしていた。これは致し方ないか。

『PLAY』@新国立劇場オペラパレス
パリ・オペラ座バレエ団の来日公演で、アレクサンダー・エクマンによるコンテンポラリー作品。ダンスを見た、というより演出を見た感覚。絵として強いし照明も素晴らしいのだが、綺麗すぎてあまり身体で遊ぶ(PLAY)というかんじがしない。演出としてそれでいいのかは、不明。

『帰還の虹』@座・高円寺
気になっていたタカハ劇団。テンポも着眼点もよいのだが、主人公を狂人にしすぎていたのが残念だった。「なぜ戦争画を描くのか」とか、ポスターにあった「何を描けばよかったのか」といった自ら立てた問いに、はぐらかして答えている印象。オチも好みでなかった。
当日は鑑賞サポートつき。色々なサポートがあることが受付で大きく示されているのが良かった。横に広い舞台で前方センターに座ったため、手話通訳士の存在は気にならず。しかし手話通訳を2時間1人は大変すぎでは。
座・高円寺は初めて。広くて使いやすそう。区の施設にこれがあるのはすごいなぁ。

『ほぐすとからむ』@彩の国さいたま芸術劇場小ホール
AIに対して漠然とした不安と恐怖があるのは(私もそうだし)分かるのだが、あまりにも漠然としている。そこから全体主義につなげるのはいささか短絡的と思った。
身体表現と演出はよかったので、変に主張を絡めなくても、AIに対する人間の存在を十分に示せたのではないか。
それにしても演出は良かった。小ホールが自由な遊び場になっていた。トイレットペーパーを客席に向かって転がすなど、客を信頼しているのだろう。スタッフも美術を動かすだけでない仕事を任されている。「芸術監督の仕事」には誰よりもその劇場で遊ぶことも含まれると感じさせられた。

『八月納涼歌舞伎』第三部 @歌舞伎座
前半は舞踊「越後獅子」。タップダンスやブレイキンのような表現が混じる踊りで、面白く見た。
後半は目当ての「研辰の討たれ」。繰り返しが多く、かつその演出がどれも味付け濃いめで辟易した。役者は流石巧みで、思わず笑ったシーンはいくつかあったが。
それにしても、芝のぶさんはいい役なのにチラシに載らないのは悲し。賞を取ってもなお高いイエの壁。

『ヨナ』@東京芸術劇場シアターウエスト
コンディション悪く、寝てしまった。美術と照明は美しかった記憶。
一人芝居と銘打っているが、台詞のない役者が2人出てくる。ノンバーバルも演技の一つであって、あれは一人芝居ではない。内野聖陽が主演したこまつ座みたく「ほぼ」と付けるべき。

『ダンス審査員のダンス』@東京芸術劇場シアターイースト
制作意図と作品のセリフが直接的すぎるように思えた。発話がわりとラップぽく、『掃除機』における環ROYを逆輸入しているのかと思った。そして違和感がすごかった。が、後半は解消された。
小林うてなは音楽に加え、佇まいも発話もすべてが可愛い。島地保武はさすが。

『チ。 -地球の運動について-』@新国立劇場中劇場
芸達者揃いだが、歌う理由も踊る理由もいまいち分からなかった。もう少し衝動を語るようなそれがあって欲しかった。
見てみたかった窪田正孝が見れて嬉しい。回想のダンスシーンでの身の預け方はさすが。

『我ら宇宙の塵』@新宿シアタートップス
2026年3月30日の深夜、急にこの作品を観たことを思い出した。泣きそうになったことと、池谷のぶえの演技が良かったことくらいしか覚えていない。なぜ忘れていたのか。泣いたのに。全面肯定ではなかったような記憶はある。

『Ballet Shoues』@National Theatre
ロンドン旅行に行くことになり、せっかくならナショナル・シアターで観劇を、と行ったもの。児童文学が原作で、子どももターゲットにした作品。目や耳に楽しい演出だった。
開演前には、作中アンサンブルを務める役者たちが客席へ。男女ともチュチュ?を着て、バレエの動きを客に指導。みんなで振りをした後は、拍手で褒め合い。あたたかな世界に泣きそうになかった。
しかし、開演してしばらくすると時差ボケによる激しい眠気が。海外旅行初日にソワレを入れては行けない。作品に申し訳なかった。

『SIX』@Vandeville Theatre
曲はいいが、茶番だよね感が否めない。対決と言っているのにコーラスに入るし、最初からヘンリーを否定する歌詞なのに、最後にキャサリン・パーに言われて気付いた! みたいなテンションになるのもいまいちスッとおさまらない。何度も演じられるショーと割り切る方が、そういうモンとして楽しめると思う。

『南京プロジェクトvol.6』@STスポット
あまりにも自分に知識がなく、南京事件そのものについて考える契機にはならなかった。(遅いのだろうが)伊丹万作の『戦争責任者の問題』を知れたのは、私にとって良いことだった。

『だくだくと』@STスポット
果てとチークの新作。
ダラダラとした会話は毎度のことながら非常に上手い。しかしそこからパニックに至るまでの描写が雑すぎるように見えた。また設定は面白いが、演劇で見せるには細かすぎたし、それを補う演出も不足していた。

『Which Witch』『MAMA』@長者スタジオ
3人の"魔女"がピクニックをしているところから始まる『Which Witch』と、母と娘の関係、そして女という性について語る『MAMA』の2本立て。参加メンバーは、今年3月に豊岡の芸術文化観光専門職大学を卒業した学生たち。
かなり荒削りな印象を受けたが、私が学生時代に感じていた、"女"として生きるうえでの嫌さや怒りがむき出しにのっていて、胸に響くものがあった。かつて感じていたことが目の前で表現され、なんだか救われた気持ちになり少し泣いてしまった。
数日後、以前毎日のように感じていた怒りが今の自分に感じられないのは、社会が変わったわけではなく、自分が社会に溶け込んだ"大人"になったからだと気付いた。ショックだった。勝手に少し世の中良くなったものと思っていた。これからは"大人"として、若い世代によりよい社会を残せるよう努めなければ。

『ギア』@ギア専用劇場
京都でロングラン公演を続けているノンバーバルシアター『ギア』。工場で働く4人の人型ロボットと、そこに現れたドール(人形)の交流を描く。ロボットは、マイム、ブレイクダンス、マジック、ジャグリング、それぞれのプロが演じる。
考えてみれば当たり前なのだが、ロボットの演技がマイムの人をのぞいて上手くない。まずそこで入り込めなかった。物語もあまり面白いと思えなかった。
とはいえ各キャラクターの見せ場は単純に楽しめた。マジック担当の青ロボがかわいい。

 

以上。ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
ゆるりと続けてまいる所存。今年はもうちょっと早く記事あげたいですね。

『Operation Mincemeat』

会場:Fortune Theatre
上演時間:2時間35分(途中休憩20分あり)


第2次世界大戦中、イギリス軍がナチス・ドイツに対してしかけた諜報作戦「ミンスミート作戦」をコメディミュージカルにしたもの。
評判がよく、オリヴィエ賞も受賞したとのことで、ロンドン旅行中に観に行くことに。事前にウィキペディアを読み込み、行きの飛行機で映画(ミンスミート作戦を扱っているが別物)をほとんど眠りながら見てから臨んだ。

英語力がいまいちなので、話の筋をしっかり掴めたわけではないが、とても楽しく観た。
M1「Born to Lead」はテンポ良い演出で客を引き込む。死体専門家(?)が全身スパンコール(赤いスパンコールは血だ)のド派手衣装で明るく歌うナンバーは不謹慎ながら楽しく、2幕冒頭のK-POP男性アイドル風の曲にのせてナチス・ドイツ軍を表現するナンバーにはとても笑わされた。笑いながら、各方面へのおちょくりに「大丈夫か?」とも思ったけど。日本で上演したらミュージカルファン界隈で学級会が起こりかねない。

多くの人物が登場するが、役者は5人のみ。全員がメインの役以外にも、たくさんの役を演じる。そして全員演じ分けが上手い。
役者のうち3人は、見た目から推測される性別と逆の性別の役をメインに演じている。戦争ものでコメディをやるには、実在感のあるビジュアルだと重くなりすぎるのだろう。別の性別を演じること自体を笑わせるような演出はなく、好ましかった。

全体にはコメディながら、作戦に使われた死体をはじめ、たくさんの人が戦争に消費され犠牲になったことをしっかり示しており、バランス感覚が良い。
フェミニズムへの眼差しもある。舞台後半、「いつか女性が首相になるかも!」と言った後、チャーチルの肖像がその台詞を言う女性の絵にガタンと切り替わるシーンがある。それだけでもグッときたが、客席から歓声があがったので泣きそうになった。

役者はユーアン・モンタギューを演じた、Madeleine Jackson-Smith が特に好きだった。カッコいい役で、たくさん目線をくれたから好意的に見てしまっただけかもしれない。(チョロいファン)
美術はあまり動かず、役者の力で場面が次々に切り替わる。が終盤、畳み掛けるようなフィナーレで美術が大きく動き、ワクワクさせられた。

ワールド・ツアーに日本が含まれていないのがとても残念。また観に行きたい。久しぶりにスタオベした作品だった。

『狩場の悲劇』

会場:紀伊國屋サザンシアター
原作:アントン・チェーホフ
脚本・演出:永井愛
上演時間:3時間(途中休憩15分あり)

 

アントン・チェーホフが24歳の時に書いた小説を底本にした、二兎社の新作。
ある編集者の家に、セルゲイという男が作品を持ち込んでくる。編集者は取り合おうとしないが、セルゲイは言葉巧みに物語『狩場の悲劇』の世界へと編集者を誘ってゆく。それはセルゲイの友人である伯爵の敷地で起こった出来事らしい……。

すごくよく出来た作品だった。役者は上手いし、演出も上手い。
作中、編集者の部屋と、『狩場の悲劇』の場面とがシームレスに入れ替わる。装置は編集者の部屋のまま、椅子を馬に見立てるなどして色んな場面が作り上げられているのが、観客としては見ていて楽しい。セルゲイは、編集者に向かって語りながら『狩場の悲劇』の登場人物にもなるのだが、そのあたりもスムーズで素晴らしい。そして、その全てを見ている編集者が、リアクションしながらも物語を邪魔せずその場に居続けるから、すごい。
二兎社の作品を観たい観客は、恋愛ミステリー劇『狩場の悲劇』を観たい観客ではないだろうし、私もそうだったのだが、演出と演技のうまさで最後の仕掛けまで引っ張られた。

役者は編集者を演じた亀田佳明がとにかく良かった。個人的に、犬と猫を急に演じたシーンがめちゃくちゃ可笑しいし可愛くて好きでした。(ファン)
玉置玲央もさすが。雷を怖がるシーンはしつこく感じたが、これは脚本の問題か。
オーレニカ役は、門脇麦が降板し、原田樹里が演じた。よくやっていたとは思うが、このつかみどころがなく、ころころと表情が変わるのは、なるほど門脇麦にぴったりだったろうに、と残念に思った。

『誠實浴池』

会場:東京芸術劇場プレイハウス 
作・演出:王嘉明・タニノクロウ
上演時間:1時間40分

 

日本と台湾それぞれの演出家・役者による共作。2024年に台湾で初演。私は東京国際演劇祭の演目の1つとして上演されたものをみた。

舞台は廃墟の銭湯。女主人が掃除をしているシーンから始まる。銭湯には従業員らしき若い女たち、それから軍服を着た男たちがやって来る。どうやらここは、戦争で死んだ男に"プレイ"を提供するSMクラブらしい。男たちは女たちの指示に従い、人生の心残りを"プレイ"し癒される。その一夜を描く。

性的なプレイと演じるプレイが、同じ言葉であることが感覚的に分かる作品だった。
男たちは泣いたり笑ったり感情を大きく示しているけど、仕事として冷静に見つめる女たちの目があるから、作品としてはカラッとしている。役者が各々の母国語で話しているのも好ましかった。美術は作り込まれており、現実にありそうな廃墟が目の前に。話の設定が突飛な本作だが、リアリティのある美術が、現実と想像の世界を行き来する物語を下支えした。役者は崔台鎬(おそらく)が好きだった。

また、観客席の様子も印象に残っている。演劇祭ということで、比較的国際色豊かな客層。普段プレイハウスくらいの規模の劇場に行くと、役者や劇作家などについたファンが多く、最初から肯定的な雰囲気がある。しかし今回はフラットというか、「どう評価しようか」というようなちょっと斜めからみる姿勢も感じられた。
そんな雰囲気のなかにいたのに、芝居の中盤になると男たちがプライドを捨てて無様に喘いだりしているから客席がざわざわと。かしこまった格好で来たのに低俗なものが出てきた、みたいな。笑うときも、笑うというよりこらえられず吹き出すかんじ。みんなでどこか居心地悪く、でも礼儀正しく客席座っているのが何だかヘンテコで面白かった。

『ラクリマ、涙 〜オートクチュールの燦めき〜』

会場:静岡芸術劇場
作・演出:カロリーヌ・ギエラ・グェン
上演時間:3時間


ふじのくに⇆せかい演劇祭改め、SHIZUOKAせかい演劇祭の招聘公演。本作はフランス、ストラスブール国立劇場で制作された。

英国王妃のウェディングドレスを製作するプロジェクト。それに携わる3カ所の工房での出来事が描かれる
パリにあるオートクチュールのデザイン工房。同じくフランスにあるレースの工房。そしてインドの刺繍工房だ。程度の差異はあれど、それぞれに過酷な労働環境。細かい作業をする刺繍の職人は、長時間の労働で視力を失うこともあるらしい。
メインの話はパリの工房で進む。デザインを任され浮き足立つが、短い納期と(栄誉を保つための)無理難題に、デザイナーである主人公は追い込まれてゆく。そしてその影響は刺繍を請け負うインドの工房にも⋯⋯。

ドキュメンタリータッチで、静かな、それでいて見ていてヒリヒリとするような演出。ズーム会議のシーンが多く、映像も多用される。
もともとはパリの工房のみを舞台にする予定だったそうで、主人公の家族がらみの描写がいささか多すぎるように思えた。とはいえ、私生活と仕事の関係は密接であることは事実だ。権力ある人の「わがまま」が、遠くに暮らす1人の人間の生活を脅かす。そういう歪な構造はよく表現されていた。

前日に行くと決めてチケット取ったので、やむなく2階席から。字幕が舞台上部に設置されており、芝居も2カ所同時進行のことがしばしばなので、首を動かさなくても全体を見れる2階席は結果として正解だった。

『おどる夫婦』

会場:THEATER MILANO-Za
作・演出:蓬莱竜太
上演時間:3時間(途中休憩20分含む)

 

蓬莱竜太作品を観てみたかったのと、森山未來松島聡見たさで行く。

二人のひとが一緒に生きること、またその周縁。

 

演出・台詞・テーマ、どれも良いのだが構成がいまいち。大きく「共に生きること」「震災」「表現すること」の3つテーマがあり、これらがそれぞれバラバラにたっぷり時間を取っていたため、散漫な印象を受けた。

物語の後半、ヒロヒコ(演:森山未來)が海で泣くシーンがある。どちらかといえば物静かな人物が激しく泣くので、観客側も激しく感情を揺さぶられる。これが物語のクライマックスなのかな、と思ったらここから先の展開が結構長い。
感情を大きく揺さぶることよりも、共に生活していると色んなことがあって、日常も困難も幸せな瞬間も一緒に歩む存在としての夫婦を描いているから、ラストシーンの前に観客の気持ちを落ち着かせたいのだろう。だがどうにも、以降のシーンがだらだらと長く感じられた。テーマを絞るか、海のシーンをもう少し感情抑えめにやるか、どちらかすべきだと思う。

 

役者は皆上手かった。中でもヒロヒコの父親を演じた内田紳一郎が、いるいると思うような身近な人物を自然に演じていて良かった。
松島聡は熱演だったが、激しいシーンはワンパターンな印象。差異がつけられるとなお良い。長澤まさみは声の使い分けが上手かった。ラストシーンで森山未來の踊りが見られて嬉しいものの、あの役ならもう少し下手に見せてほしい。

Bunkamura先行抽選で、3階最前の端から3番め。劇場先行はもう少しいい席を用意すべきだし3階もS席なのかよと思ったが、座ると意外に良い。見切れず、舞台がそこまで遠くない。
初めてのMILANO-Za はやはり立地がいまいち。SF作品とかやるならいいが、今回のような作品ならもう少し落ち着いた場所で見たい。……と思ってしまうのは現実から目を逸らして綺麗なものだけみようとする小さな人間だからだろうか。