観劇記録であるとか

タイトルの通り。

『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』

会場:歌舞伎座
演出:宮城聰
上演時間:全3幕、4時間30分(途中休憩2回、35分・20分含む) 

 

マハーバーラタを歌舞伎化したもの。
マハーバーラタに触れたことがないのでよく分からないが、大筋はそのままに、設定をいくらか変えて歌舞伎らしく、あるいは日本人好みにしているようだ。

ざっくりと、人間界における王位を巡る争いの話だが、その主要人物となるのは神の子であるカルナとアルジュラだ。カルナは平和によって、アルジュラは力によって世を治めるべくそれぞれ命を得た。しかし、カルナが鶴妖朶(づるようだ)王女に気に入られ、互いに永遠の友情を誓ったところから話が変わってくる。鶴妖朶はアルジュラら5兄弟と王位を巡り対立しているのだが、その攻撃の仕方が非常に残酷なのだ。そんな様子を垣間見て友をいさめたり疑ったりしながらも、カルナはこの王位争いに鶴妖朶側として巻き込まれていく……。


いやぁ楽しかった。
マハーバーラタも歌舞伎もほぼ分からない人でも楽しめたのがすごい。新作歌舞伎とはいえ。

まず最初のシーンが神々の話し合いの場から始まるのだが、金ピカの神がずらっとならんでいて、たいへん縁起が良い。何を言っているか完璧には掴めなくとも見た目だけで楽しくワクワクとする。最後は盆を回しての場転なのだが、照明がすばらしく、仏像展でも見ているのかと思った。
そんな導入で惹きつけたところで、話も面白く進む。最初は自然とカルナを応援するのだが、段々と善悪が混じり合って、完璧な善も悪もいなくなっていくのがとても良い。ところどころいかにもな名言が入るのだが、全体がそういう展開なので説教くさくなく、言葉を受け取りつつ検討させる余地を客席に与えている。
視覚的にもよく魅せている。ラストのカルナ・アルジュラの戦いは舞台を奥まで広げ、長い旗をなびかせて空間を埋め、迫力を出していた。いわゆる殺陣も面白いが、こう舞台全体を使って魅せてくるのもいい。また、ジャングルを模した現代的な美術を背に、三味線の演奏が見れたり(出語りというのか?)、獅子の舞が観れたりするのも、タイトルにつられて来た歌舞伎不慣れ客に歌舞伎の要素たくさん見せてくぜ!!というような気概を感じたし、こちらも色々見れて嬉しく。

そして、自分がなかでもやられたのが鶴妖朶。魅力的な悪役というのでなく、相反する気持ちを抱えた人間として存在していたのか良かった。発声がかなり独特で、歌舞伎の女方的でなく、アニメやその他舞台で聞いたような"格好いい女性"の声に近い。その独特さが鶴妖朶の孤独を表していた。
悪に手を染めたのは周囲から見放されていたからだと自ら語るのは被害者面すんなよと思わなくもないが、中村志のぶさんの熱演は、こうならなくてもよい道を作るために皆で何か出来たんじゃないか、今何か出来るんじゃないかと観客に問わせる力があった。何より、人を変えるのはその人にまっすぐに向き合う人間なのだということ。そういった想いをぶつけられて、鶴妖朶の最期は少し泣いてしまった。


今回行こうと思ったのは、音聴きたさ。5月に観たSPACの音楽が好みだったし、日本の古典的な音楽もことばもわりに好きなのです。しかし手頃な3階席は売り切れており、かといって音目的に一万円超えの席を取る気もしない。ということで、幕見席を前日オンラインで購入。3 幕で計4,330円也(手数料込み)。ありがたいことです。
で、この幕見席がかなり良くて。歌舞伎玄人っぽい人もいれば、英語パンフ持った観光客もいる。インド文化好きで来ました歌舞伎わかんないですってかんじの人もいる。色んな人たちが集まって1つの演目をそれぞれにみる。これが「芝居」の良いところなわけですが、今の劇場は熱心な演劇好きか役者のファンばかりで客層偏っちゃってその魅力に欠けがちという課題がある。でもこの幕見席の雑多さよ! やっぱ値段安くて当日買えるチケットが毎日それなりの数用意されてんのはでかい。
そして席としてもわりと良い。視界は概ね良好。そんなに遠くないし、歌舞伎メイクなんで表情をつかみやすい。舞台奥や花道の一部は見えないが、アクションがちょい見えないくらいで、ほとんどは見えるとこで演技してくれる。また音もよく聞こえるし、大向うも近くで聞こえて楽しい。なんていい席! 「歌舞伎座 座席」で検索して幕見席が好きだと言う人が一定いる理由がよく分かった。


娯楽としての歌舞伎と古典芸能としての歌舞伎。それにインドとSPACがまじりあい、舞台上も客席も色々なまま、共にいる。戦争をせずにすむ世の中を考える。とても良い時間が過ごせました。